はじめに

ここ数年、副業という言葉を耳にする機会がぐっと増えました。
国も「働き方改革」の一環として副業を推奨し、大手企業も解禁を進めています。

総務省の「就業構造基本調査」（2017年）によれば、複数の仕事を持つ人は全体の約9％。
つまり10人に1人は何らかの形で副業をしている計算になります。

SNSを開けば、「ブログで月10万円稼げた」「動画編集でフリーランスに！」といった体験談が次々と流れてきます。
こうした情報を見れば「自分もやってみよう」と思うのは自然な流れです。

ただし、ここにひとつ落とし穴があります。

副業に挑戦した人の大半は、1年以内にやめてしまうという現実です。
統計的にも「副業を始めたけれど継続できていない層」が多数を占めています（出典：労働政策研究・研修機構「副業に関する調査」（2021年））。

SNSではキラキラした成功例が強調されがちですが、裏側には「続かない」という共通の悩みが横たわっています。

第1章　副業が続かないのは意志の弱さではない

副業をやめてしまった人に理由を聞くと、多くがこう答えます。

「自分には意志がなかった」
「根性が足りなかった」

でも本当にそうでしょうか？

心理学の研究では、意志力は有限なリソースであり、ストレスや疲労によって簡単に消耗することがわかっています（Baumeister, 1998）。
つまり「やる気が出なかった」のは自然な現象であって、性格の弱さではありません。

では、なぜ私たちは続けられないのでしょうか。

ヒントは 行動経済学 にあります。
これは「人は必ずしも合理的に行動しない」という前提に立ち、人間が陥る心理的なクセ（バイアス）を解明する学問です。

副業が続かない理由も、このバイアスで説明できます。

人は「将来の大きな利益」よりも「目の前の小さな快楽」を優先する傾向があります。

これはライプソン（Laibson, 1997）の研究でも指摘されている人間の基本的なクセです。
副業のように成果が出るまでに時間がかかる活動は、この「即時報酬の罠」によって挫折しやすくなります。

カーネマンとトヴェルスキー（Kahneman & Tversky, 1979）の研究によれば、人は「利益の喜び」より「損失の痛み」を約2倍強く感じるそうです。

だからこそ「時間を無駄にした」という感覚が強まり、続けるモチベーションを失います。

心理学者アイエンガーとレッパー（Iyengar & Lepper, 2000）の研究では、選択肢が多すぎると人は逆に行動できなくなることが示されました。

副業の世界も同じです。
ブログ、動画編集、転売、プログラミング…どれも魅力的に見えるが、選択肢が多すぎて「結局どれも始められない」「すぐにやめてしまう」という状態になります。