序章：モデルベース開発現場

x.0 モビリティの開発には「モデルベース開発」が必須らしい

モデルベース開発とは何か？

あなたの想像する「モデルベース開発」と、現実の「MBD開発現場」は別物です。

研修では「Matlab/Simulinkの基本操作」を学ぶ。しかし現場では、「動くシミュレーションモデルを組め」「制御設計もやれ」と、いきなり高いレベルを求められます。

研修3日 vs 実際の開発3年。

詳細は今後の各章で語ることとなりますが、モビリティ開発現場のMBDは、Matlab/Simulink を使ってブロック線図を描き、シミュレーションを実行し、挙動を確認する。正しければブロック線図からソフトウェアコードを生成させて実装する、というプロセスの事を指します。（実際にやりたいのは制御の開発なので、実態とはかけ離れてはいます...）

我々は研修でMatlab/Simulinkの使い方を学んだり、Ｃ言語の教育をされたばかりでも、

「モデルベース人材」

として開発の現場へ送り込まれる訳で、そんな状態では学ぶ事が多すぎて、あまりにも過酷な状況に陥ってしまいます。

基本的に「制御」というのは、

制御する対象の仕組みを理解することがスタートです。

MBDを学ばず、場当たり対応を続けるエンジニアは毎回設計変更に追われ、仕様書とにらめっこ。一方MBDを理解し、先を読んで動けるエンジニアはシミュレーションで設計精度を上げ、無駄な修正を減らせます。

MBDエンジニアとしてのスタート地点に立つためにも、このドキュメントで必要な知識を補完し、自分たちが何をする必要があるのか、見極める時間を作ってください。

現場の猫の手にはならずとも、せめてネズミの手になれるように。

このドキュメントが力になれば幸いです。

・おことわり

１．最初の２０部だけ、お試し価格とさせていただきます。

２．２０部完売後は、１０，０００円に価格アップ予定です。

３．おまけとして、本ドキュメントのＰＤＦ版を用意しました。

　　　　

x.1 開発手段の前にプロセスの話をしよう。多分重要だ。

V字プロセス開発の基本

V字プロセス開発は、ソフトウェアを作るときの「計画・設計・実際の作業・検証」の流れを、アルファベットのVの字に見立てて表現した方法です。つまり、プログラムを作るときの「作る側」と「チェックする側」がそれぞれ対応している仕組みです。

◆左側（作る側）

ソフトウェアを作る前に、どんな機能が必要か決めたり、どう作るか考えたりします。この部分では、要件定義や設計工程などを行います。

◆右側（チェックする側）

作ったソフトウェアに問題がないかを確認するために、いろいろテストをします。計画の段階で決めた内容がちゃんとできているかを、各段階に対応したテストでチェックします。

V字プロセスの各工程

具体的には、V字モデルは以下のような流れで進みます：

◆上部左側（下へ向かう部分）

要件定義　どういうソフトウェアが必要か、ユーザーの希望を聞いて決めます。
基本設計　ソフトウェア全体の大まかな構造を設計します。
詳細設計　それぞれの機能の具体的な作り方を細かく決めます。
実装　　　実際にプログラムを書いてソフトウェアを作ります。

これらの作業に対して、下から上へ向かう形でテストも行われます。

◆下部右側（上へ向かう部分）

単体テスト　ひとつひとつの部品（モジュール）が正しく動くかチェックします。
結合テスト　異なる部品が組み合わさったとき、全体として問題なく動くか確認します。
システムテスト　最終的に、作ったソフトウェアが最初に決めた要件通りに動くか検証します。

モデルベース開発になると？

　　Ｖ字の左側、各フェーズをモデルで作り、シミュレーションで妥当性を検証し、実装に行く前に仕様の精度を高めることが可能になります。また、各フェーズで「仕様の精度が高くなる」ということは、モノを作ったあとに致命的な不具合が発生する、ということが少なくなる訳で、手戻り（前のフェーズに戻って作り直すこと）が少ないという事。全体的な開発期間や開発費が少なくてすむという事でもあります。

　　大人数での分散開発が多い業界では、Git/SVNを使ったver.管理をしつつ、アジャイル開発プロセスを取り入れている所もあります。また、CI/CD という技術を使って、設計→テスト→次工程にリリース、といったことを自動化している所も。

　　詳しくはソフトウェア開発で調べてみてください。

まとめ

V字モデルは、作る工程とチェックする工程が対応している仕組みです。
左側でしっかりと設計・実装を進め、右側でその作業内容に合わせたテストを実施するので、問題を早く見つけやすいです。

この仕組みにより、作る途中での手戻り（作業をやり直すこと）を減らし、ソフトウェアの品質を高めることができます。

x.2 モデルベース開発ならではの「シミュレーション」

モデルベース開発の醍醐味である「ILS（In-the-Loop Simulation）」の目的、特徴、メリット・デメリットおよびそれぞれの関係性について説明します。

なお、以下の説明は自動車業界での利用を前提としています。

MILS (Model-In-the-Loop Simulation)

目的と特徴

制御システム全体の初期設計段階で、システムの仕様をモデル上で表現し、制御ロジックやアルゴリズムの正しさを検証します。完全に仮想環境上で、制御対象（プラント）も含めてモデル化するため、ハードウェアが未用意の場合でも評価が可能です。

メリット

・早期に設計の妥当性を評価できる

・開発サイクルの短縮およびコスト削減

・柔軟なシミュレーション環境でアルゴリズムの検証が容易

デメリット

・実機特有のノイズや非線形性などが反映されにくい

・シミュレーションモデルの精度に依存するため、現実との乖離リスクがある

SILS (Software-In-the-Loop Simulation)

目的と特徴

制御プログラムの実装コードを、PCなどのシミュレーション環境上で動作させ、プラントモデルとの連携を評価します。

MILSの段階で検討された制御モデルのロジックを、C言語などに変換・実装したコードを実行するため、ソフトウェアとしての連携や動作確認が中心となります。

メリット

・実装コードとしての検証により、ソフトウェア側の不具合を早期発見可能

・比較的簡便に環境構築が可能で、コストが低い

デメリット

・あくまでシミュレーション環境での検証であり、ハード的なタイミングや入出力特性は反映されにくい

PILS (Processor-In-the-Loop Simulation)

目的と特徴

制御用プロセッサ（ECUに搭載されるマイコンなど）の動作を実際に、ターゲットに近いもしくは同一のプロセッサ上で検証します。制御アルゴリズムやコードのタイミング、処理能力、周辺機能との連携（IO処理など）を評価するため、PC上の仮想環境と実機プロセッサの中間的な機能を果たします。

メリット

・プロセッサの実動作に近い環境で評価できるので、タイムクリティカルな制御の検証に有用

・実機投入前にハード側の制約を考慮した検証が可能

デメリット

・用いるハードや環境構築にコストがかかる

・環境自体がやや複雑になり、設定・保守が必要

HILS (Hardware-In-the-Loop Simulation)

目的と特徴

実際のECUなど実機のハードウェアをシミュレーション環境に組み込み、実際のセンサーやアクチュエータの代わりにプラントモデルからの信号で制御動作を検証します。

ハードによるリアルタイムの動作評価が可能で、実車試験に近い条件下でソフトウェア動作を検証できる点が特徴です。

メリット

・実機の電気的・タイミング的特性を含む検証が可能なため、最終的なシステム信頼性が向上

・早期に実装後の不具合や調整項目を抽出できる

デメリット

・構成が複雑で初期設定や運用コストが高い

・実機を用いるため、テスト環境の再現性や柔軟性に制限が出ることもある

各手法の関係

これらの手法は、開発プロセスの進捗や検証の詳細度（fidelity）に応じて使い分けられ、以下のような関係性となります。概ね、初期段階では完全仮想（MILS）から始まり、次第に実装コード（SILS）、プロセッサ固有の動作（PILS）、そして最終的に実機を用いたリアルな検証（HILS）へと段階的に進む流れとなります。

以下は、その関係性を示す図の一例です。

この図は、開発工程において検証精度を徐々に高めるための段階的なアプローチを示しています。最初に論理モデルの検証（MILS）を行い、その後、実装コードによるソフトウェア検証（SILS）、さらにターゲットプロセッサでの実動作検証（PILS）、そして、最後に実機ECUを組み合わせた実環境に近い検証（HILS）を実施して、下流工程での手戻りを最小限に抑えることが可能となります。

まとめ

各手法は、目的に応じた段階的な検証アプローチの一部として位置付けられ、互いに補完し合うことで開発全体の品質向上とリスク低減を図っています。

開発の状況や、何を評価したいかによって、部分的にモデルであったり、ソフトであったり、実機であったりを組み合わせることもあります。

下記は、各ILS環境に関連する製品やサービスを提供している代表的な企業です。

https://www.dspace.com/　　　　　…　MicroAutoBox,SCALXIO 等

https://www.vector.com/　　　　　 …　CANalyzer 等

https://www.etas.com/　(https://www.etas.services/)　　…　INCA等

x.3 モデル記述のお作法「AUTOSAR」

自動車業界の制御ソフトウェア構造に「AUTOSAR」があります。Java言語の自動車版といったイメージです。大きく「classic」と「adaptive」の２系統があります。

Classic-Platform

　https://www.autosar.org/standards/classic-platform

　・目　的　: Classic Platformは、従来の自動車の制御システムに特化しています。

　・適用範囲: リアルタイム性が求められるシステムに適する。

限られたリソース（メモリや処理能力）で動作することが前提。

　・アーキテクチャ: モジュール化されたアーキテクチャで、各機能が独立したコンポーネントとして設計されています。特定の機能を簡単に追加・変更できます。

　・設　計: リアルタイムオペレーティングシステム（RTOS）を使用し、時間的な制約を厳密に管理します。これにより、重要な制御機能が遅延なく実行されることが保証されます。

　・開発プロセス: 開発は比較的固定的で、事前に定義された仕様に基づいて行われます。これにより、開発の安定性が確保されますが、柔軟性は低くなります。

　・ツール: 　開発ツールは、主に静的な分析やテストに焦点を当てています。

　・安全性:　安全性に関する規格（ISO 26262など）に基づいて設計されており、特に安全-criticalなシステムに適しています。

　・セキュリティ: 基本的なセキュリティ機能はありますが、Adaptive Platformに比べると限られています。

Adaptive-Platform

　　　https://www.autosar.org/standards/adaptive-platform

　　・目　的　: Adaptive Platformは、より高度な機能（自動運転、インターネット接続、車両間通信など）をサポートするために設計されています。

　　・適用範囲: 複雑なアプリケーションやサービスを実行するために、より高い処理能力やメモリを必要とします。

　　・アーキテクチャ: より柔軟でダイナミックなアーキテクチャを持ち、アプリケーションが実行時に動的に変更されることを可能にします。これにより、新しい機能やサービスを簡単に追加できます。

　　・設　計: POSIX準拠のオペレーティングシステムを使用し、マルチスレッドやプロセス間通信をサポートします。これにより複雑なアプリケーションが効率的に動作します。

　　・開発プロセス: 開発はアジャイルな手法を取り入れ、変更に対して柔軟に対応できるように設計されています。これにより、迅速なイノベーションが可能になります。

　　・ツール: 開発ツールは、動的なテストやシミュレーションに重点を置いており、リアルタイムでのフィードバックが得られます。

　　・安全性: より高度な安全性の要件に対応するため、セキュリティと安全性が統合された設計が求められます。

　　・セキュリティ: ネットワーク接続やデータ通信が多いため、強固なセキュリティ機能が必要です。

では、前置きはこのくらいで...

第1章：制御の世界へようこそ

1.1 制御技術が変える私たちの未来

制御技術とは何か？

制御技術と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか？もしかすると、少し抽象的で難しそうなイメージを持つかもしれません。しかし、実は私たちの生活のあらゆる場面で、この技術が密かに活躍しているのです。

例えば、エアコンが部屋の温度を快適に保つ仕組みや、自動車のクルーズコントロールが一定の速度を維持する機能、さらにはロボットアームが精密に動いて製品を組み立てる動作。これらはすべて、制御技術の恩恵を受けています。制御技術とは、簡単に言えば「システムを思い通りに動かすための科学と技術」です。

制御技術の重要性を数字で見る

制御技術の市場規模は年々拡大しています。たとえば、

自動運転市場：

　　　2030年までに約1,000億ドル規模に成長すると予測されています。

産業用ロボット市場：

　　　2025年までに約750億ドルに達すると見込まれています。

スマート家電市場：

　　　2027年までに約1,500億ドルに拡大すると予測されています。

これらの数字が示すように、制御技術は今後の産業や社会の基盤となる分野です。

制御技術がもたらす可能性

では、この技術を学ぶことで、私たちはどんな未来を手に入れることができるのでしょうか？制御技術を習得することで、以下のようなスキルを身につけることができます。

◆システムを設計する力

　　自動車、航空機、ロボットなど、複雑なシステムを設計し、動作を最適化する力を得られます。

◆問題を解決する力

　　現場で発生するトラブルに迅速に対応し、解決する能力が養われます。

◆未来を創造する力

　　AIやIoTと連携した次世代の制御技術を開発し、社会に新たな価値を提供する

　ことが可能になります。

制御技術を学ぶことは、単なるスキルの習得にとどまりません。それは、未来を動かす力を手に入れることでもあるのです。

1.2 MATLAB/Simulinkの概要

MATLABとSimulinkの役割

制御技術を学ぶ上で、MATLABとSimulinkは欠かせないツールです。これらは、制御システムの設計や解析を効率的に行うための強力なソフトウェアです。

MATLAB

　　数値計算やデータ解析に特化したプログラミング環境で、

　　制御理論の実装やシミュレーションに最適です。

Simulink

　　ブロック線図を使ってシステムを視覚的にモデル化できる

　　ツールで、直感的な操作が可能です。

これらを使えば、複雑なシステムを簡単にモデル化し、シミュレーションで動作を確認することができます。例えば、自動車のクルーズコントロールを設計する場合、MATLABで制御パラメータを計算し、Simulinkでその動作をシミュレーションすることで、設計の妥当性を確認できます。

MATLAB/Simulinkの魅力

MATLABとSimulinkを使うことで、以下のようなことが可能になります。

設計の効率化

　手計算では困難な複雑な計算を瞬時に実行。

視覚的な理解

　Simulinkのブロック線図を使えばシステムの構造を直感的に把握できます。

シミュレーションによる検証

　実際のハードウェアを作成する前にシステムの動作を仮想環境で検証できます。

これらのツールを使いこなすことで、制御技術の学習が飛躍的に効率化されます。

1.3 制御技術の基本概念

制御の3つの要素

制御技術を理解するためには、まず以下の3つの要素を押さえる必要があります。

◆入力

　システムに与える指令や目標値。例えば、エアコンの設定温度や自動車の目標速度がこれに該当します。

◆出力

　システムが実際に達成した結果。エアコンであれば部屋の実際の温度、自動車であれば現在の速度です。

◆システム

　入力を受けて出力を生成する装置やプロセス。エアコンや自動車そのものがシステムにあたります。

フィードバック制御とフィードフォワード制御

制御には大きく分けて2つの種類があります。

◆フィードバック制御

　出力を監視し、目標値との差（誤差）を補正する制御方式です。例えば、エアコンが部屋の温度を測定し、設定温度との差を補正する仕組みがこれに該当します。

◆フィードフォワード制御

　入力に基づいて事前に制御を行う方式です。例えば、自動車が坂道を登る前にエンジン出力を増加させる仕組みがこれに該当します。

1.4 MATLAB/Simulinkの初歩的な操作

MATLABの基本操作

まずは、MATLABの基本的な操作を学びましょう。

以下のコードをMATLABのコマンドウィンドウに入力してみてください。

% 足し算

a = 5;

b = 3;

c = a + b;

disp(c); % 結果を表示

結果

8

このように、MATLABでは数式をそのままプログラムに書く感覚で操作できます。

Simulinkの基本操作

Simulinkでは、ブロックを配置してシステムをモデル化します。

以下は、加算器モデルを作成する手順です。

１．Simulinkを起動

　MATLABのコマンドウィンドウでsimulinkと入力してSimulinkを起動します。

２．ブロックの配置

　「加算器」ブロック（sum または Add）をドラッグ＆ドロップします。

３．接続

　入力信号と出力信号を接続します。

４．シミュレーションの実行

　シミュレーションを実行し、結果を確認します。

1.5 よくある疑問（FAQ）

Q1：MATLABとSimulinkの違いは何ですか？

A1：MATLABは数値計算やデータ解析に特化したプログラミング環境で、Simulinkは視覚的にシステムをモデル化するツールです。両者を組み合わせることで、強力な制御設計が可能になります。

Q2：初心者でもSimulinkを使えますか？

A2：はい。Simulinkは視覚的な操作が中心なので、プログラミングの経験がなくても簡単に使い始められます。

1.6 復習問題

１．制御技術が使われている身近な例を3つ挙げてください。

２．フィードバック制御とフィードフォワード制御の違いを説明してください。

３．MATLABで以下の計算を実行するコードを書いてください：

　　　7 × 8 - 15

４．Simulinkで加算器モデルを作成する手順を説明してください。

５．MATLABとSimulinkを組み合わせる利点を述べてください。

回答

１．自動車のクルーズコントロール、エアコンの温度調整、ロボットアーム。

２．フィードバック制御は出力を監視して補正する方式、フィードフォワード制御は入力に基づいて事前に制御する方式。

３．result = 7 * 8 - 15;

　 disp(result);

４．Simulinkを起動し、新しいモデルを作成。加算器ブロックを配置し、入力信号と出力信号を接続。シミュレーションを実行。

５．MATLABで数値計算を行い、Simulinkで視覚的にモデル化することで、設計と解析が効率化される。

1.7 まとめ

制御技術は、私たちの生活を支える重要な技術であり、MATLAB/Simulinkはその学習を効率化するための強力なツールです。この章で学んだ基礎をもとに、次のステップに進みましょう。